フランス・マクロン新大統領誕生!無名の青年が躍進した背景

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フランスではこの5月に大統領選挙があり、マクロン新大統領が選出されました。

フランスに在住の日本人で『ホッ』としている方も多いのではないでしょうか。

「極右のルペン候補になって移民排斥がひどくなれば、滞在許可証の更新ができなくなるかも。。。。」と危惧して、フランスを脱出して、欧州の近隣諸国へお引越しを考えていた方々も多いと思います。

フランス人でさえもそう思っていたのですから。

そのくらいの危機感がフランス中を覆っていましたが、無事極右化することを避けることができたには、どのような背景があったのでしょうか。

ではこの半年を振り返ってみましょう。

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最有力候補は、極右のルペン、右派のフィオン、続いてマクロンとメランション

選挙前の1月中までは

ルペンとフィオンの対決でフィオンが優勢だったのですが、

1月25日のカナールアンシェネという週間紙がフィオン候補の奥さんの架空職への給与が何年間かにわたって支払われていた事実をスッパ抜きました。(奥さんの名前をとって、『ペネロープゲイト

https://francedayori.com/pol-eco/126/

と言われていますが、あのニクソンの『ウォーターゲート』みたいです。

このフィオン候補は、サルコジ政権時の首相だった経歴をもち、フランスの財政を立て直すために緊縮財政制政策を選挙公約にうたっていただけに、

「ええ、市民に緊縮財政押し付けて、自分だけ私腹をこやしていたの?それはないでしょう」と批判され、それに加えて、〚税金を私物化した〛という意識がない自己弁明に終ったのが非常にまずかったのですね。

あっという間に支持率が低下して、ルペン候補とマクロン候補の一騎打ちとなりました。

フランスのパッとしない景気と回復しない失業率のせいで人気沸騰のルペン候補だったが。。。

ルペン候補のスローガンは、テロ回避のための移民排除と、国内産業を守り、フランス人に仕事を与えるとための政策をうたって、支持率を得てきました。

しかし、低所得者層の感情に訴える言い方には長けていましたが、フンラスの景気を底上げできますという実質的な政策はなかったんですね。

首都のパリ以外の遠隔地の町は、忘れられたフランスといわれて、失業率がたかいというより、人口が減少して、町が縮小していっています。

日本も同じですが、小さな町の商店街は、シャッターがしまっている。そこでルペン候補が、「私が大統領になれば、この町は活気を戻せます。。。。」とは言っていたのですが。。。

最終討論でまき返したマクロン候補

4月末の第一回投票が終わって、マクロン候補とルペン候補の一騎打ちとなり、2週間後の最終投票日の前に、テレビ討論で、あっけなくマクロン候補が有利となったのでした。

理由は、移民排斥やユーロ圏離脱でフランスの景気を復活させるというルペン候補には、実質的な政策がなく、この5年間の社会党の政策を批判で終始していました。

そこをすかざすマクロン候補は、「ルペンさん、あなたは最初から、実質的な政策を提案でききなく、批判しているだけですね」うまく弱点をついていました。

かくして、2時間半のテレビ討論は終わり、マクロン優勢で討論は幕を閉じ、最終決戦5月4日には大差でマクロン候補が圧勝したのでした。

フランスに進出してきている企業も、外国人もホットしまし(^^♪

今日の単語

ペネロープゲート    ( Penelope Gate)

忘れられたフランス ( la France oubliée)

大統領選挙             ( les élections présidentielles)

緊縮財政政策          ( une politique d’austérité financière)

ユーロ圏離脱          ( la sortie de l’euro)

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